東京地方裁判所 昭和36年(ワ)7262号 判決 1963年7月05日
原告 明治鋼材株式会社
被告 東京通商株式会社
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(申立)
原告訴訟代理人は、「一、被告は原告に対し、原告が被告に金四五、〇〇〇、〇〇〇円を支払つたときは、別紙目録<省略>記載の建物および動産を引渡し、かつ同建物について所有権移転登記手続をせよ。二、被告は原告に対し、前項記載建物について、東京法務局墨田出張所昭和三五年一一月一九日受付第三七、八二〇号をもつてなされた根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。」との判決および建物、動産の引渡を命ずる部分につき仮執行の宣言を求め、さらに請求の趣旨第一項が認容されない場合につき、予備的に、「三、被告は原告に対し、第一項記載の建物を引渡し、かつこれにつき東京法務局墨田出張所昭和三五年一二月一日受付第三九、三九四号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。」との判決および建物引渡を命ずる部分につき仮執行の宣言を求めた。
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
(事実上の主張)
原告訴訟代理人は、請求原因として、つぎのとおり述べた。
「一(1) 原告は昭和三五年一一月一七日被告(当時の商号は朝日物産株式会社)から金四五、〇〇〇、〇〇〇円を限度として金銭借受をなすことを約し、翌一八日被告のため右の債権を担保する目的で極度額金四五、〇〇〇、〇〇〇円につき、原告所有の別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)に根抵当権を設定することを約した。そして原告は同月一九日被告から金四五、〇〇〇、〇〇〇円の交付を受けて、これを借受けるとともに、請求の趣旨第二項記載のとおりの根抵当権設定登記手続をした。
(2) 翌一一月二〇日原告と被告とは右の消費貸借に基く原告の被告に対する金四五、〇〇〇、〇〇〇円の債務を目的として準消費貸借をすることとし、他方上述の根抵当権設定契約はこれを合意解除し、原告の新たな債務を担保するため、原告は被告に対し本件建物および原告所有の別紙目録記載の動産(以下本件動産という。)を譲渡することを約し、これに基き同年一二月一日請求の趣旨第三項記載のとおりの所有権移転登記手続をした。
(3) なお被告は昭和三六年一月七日頃本件建物内に浸入し、以後被告は、本件建物および本件動産を使用占有している。
(4) ところで将来、原告が被告に対し金四五、〇〇〇、〇〇〇円を弁済するときは、前述の譲渡担保契約に従い、被告は原告に対し本件建物について所有権移転登記手続をなすべく、また本件建物および本件動産を原告に引渡すべき義務あるところ、被告は本件建物および本件動産を原告が被告に譲渡する旨を約した契約は単純な売買であつて、被告が原告に交付した金四五、〇〇〇、〇〇〇円はその代金として支払つたものであると主張し、前述の準消費貸借および譲渡担保の契約を否認している。従つて原告が被告に対し金四五、〇〇〇、〇〇〇円を弁済しようとして提供しても被告がたやすくこれを受取つて、前述の登記手続および引渡を実行することは期待できない。
(5) よつて原告は将来の給付の訴として、被告に対し原告が被告に金四五、〇〇〇、〇〇〇円を支払つたときは、本件建物および本件動産を引渡し、かつ本件建物につき所有権移転登記手続をなすべきことを予め求めるとともに、根抵当権設定契約はすでに解除されたのであり、また被担保債権も消滅したのであるから、根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。
二(1) 仮りに本件建物の譲渡が被告主張のとおり単なる売買によるものであると認められるとすれば、それはつぎの理由により私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独禁法という。)に違反し、無効である。
すなわち、原告は肩書場所に本店を有し、鋼材等の販売を主たる目的とする会社であり、被告も鋼材販売を目的とする会社であるところ、本件建物は原告の唯一の倉庫であり、その保育した営業上の全固定資産の九〇パーセントにも当る重要部分である。しかるに被告はあらかじめ公正取引委員会に届出ることなくして、これを譲受ける旨の契約をした。(同法第一六条第二号、第一五条第二項第三項違反)
(2) 前述のとおり原、被告はいずれも鋼材の販売を目的とし、しかも被告は我が国一流の会社であり、原告の最大の債権者兼担保権者として原告に対し優越的地位にあるものであつて、本件建物の譲受は鉄鋼販売という取引分野における競争を実質的に制限することとなる。(同法第一六条第二号、第一五条第一項第一号違反)
(3) 本件建物は本件動産および借地権をも含め金一六〇、〇〇〇、〇〇〇円程度の価値を有するものであつたところ、昭和三五年一一月当時、原告は経理状態が悪化し資金操作の必要額として金一八〇、〇〇〇、〇〇〇円程度の融資を他より受けなければならない状況であつたので、同月一六日本件建物および本件動産を担保として右同額の借用を受けたき旨被告に申込むに至つた。これに対し被告は翌一七日金八〇、〇〇〇、〇〇〇円程度の融資は可能である旨回答しておきながら、同月二〇日に支払を要すべき支払手形が二八通合計約金六二、〇〇〇、〇〇〇円もあり、一通にても不渡になるときは大混乱を生ずべき切迫した状況にあつた原告に対し、金員授受の段階に至つて本件建物および本件動産を譲渡担保とすることによる貸付を断り、前述のように僅か金四五、〇〇〇、〇〇〇円の代金をもつてする売買契約を申出で、原告をしてやむをえずこれを承諾するに至らしめた。以上本件建物の譲受は被告が自己の取引上の地位が原告に対して優越していることを利用して、正常な商慣習に照して、原告に不当に不利益な条件でした取引である。
しかのみならず、右の売買契約には、原告が営業を継続中と被告が解釈した場合には別途契約により被告は原告に対し本件建物を引続き使用することを許可する旨の付帯条項が付されていた。これによると原告が本件建物を使用して営業を継続できるか否かは、被告が営業継続中と解釈するか否かの被告の単独の判断によつて決せられるわけである。このような付帯条項の付いた本件建物の譲渡は、原告の事業活動を不当に拘束する条件をつけてした取引である。(同法第一六条第二号、第一五条第一項第二号違反)
(4) 以上のとおり本件建物の譲渡は独禁法に違反し無効であるから、原告は被告に対しその有効であることを前提として本件建物につきなした請求の趣旨第三項記載の所有権移転登記の抹消登記手続をなし、かつその引渡をなすことを求める。」
被告訴訟代理人は、答弁として、つぎのとおり述べた。
「一、請求原因第一項については、原告主張事実中、被告が本件建物および本件動産を使用占有していること、本件建物に原告主張のとおりの根抵当権設定および所有権移転の各登記がなされていること、被告が原告に対し、金四五、〇〇〇、〇〇〇円を交付したこと、被告が原告主張の消費貸借、譲渡担保の各契約を否認し、被告と原告との本件建物および本件動産についての契約は単純な売買であり、前述の金四五、〇〇〇、〇〇〇円はその代金として支払われたものであると主張していることはいずれも認める。その他は否認する。被告は原告所有の本件建物および本件動産を昭和三五年一一月一七日代金四五、〇〇〇、〇〇〇円で買受け、その所有権を取得したものである。なおその際本件建物についての権利証が同建物について根抵当権を有していた訴外株式会社富士銀行の手許にあり、すぐに所有権移転登記をすることができなかつたので、被告の所有権を確保する必要上所有権移転登記手続ができるまでとの約で、ひとまず原告主張のような根抵当権設定の登記手続を経由したに過ぎず、原告と被告との間に真実債権極度額四五、〇〇〇、〇〇〇円の継続的金銭消費貸借が結ばれたり、根抵当権設定契約がなされたものではない。
二、請求原因第二項については、原告主張事実中、原、被告が原告主張のとおりの目的を有する会社であること、被告が原告に対する債権者であり、抵当権者(たゞし本件建物についてではない。)であつたこと、本件売買をなすにつき、予め公正取引委員会に届出をしなかつたこと、右の売買には、本件建物の使用に関し、原告主張のような付帯条項が付されていたこと、当時被告が本件建物を買取らなければ、原告は資金繰り難に陥り、営業を停止せざるをえない状況にあつたこと、はいずれも認める。その他は否認する。本件売買の目的物たる本件建物は僅々金四五、〇〇〇、〇〇〇円の価額のもので、原告の有する固定資産の一部であるに過ぎない。のみならず被告は原告のたつての要請により原告の申し出た金額により好意的にこれを譲受けたものである。従つて右の譲受は鉄鋼販売界における競争を実質的に制限するような支配力を持つものでもなく、不公正な取引方法によつて行われたものでもなく、何ら独禁法に違反するものではない。」
(証拠)<省略>
理由
一、原告が昭和三五年一一月一七日から二〇日までの頃、被告に対し原告所有の本件建物および本件動産を譲渡する旨の意思表示をなしたこと、同年一二月一日本件建物につき原告から被告への所有権移転登記手続がなされたことおよび同年一一月一九日被告は原告に対し金四五、〇〇〇、〇〇〇円を交付したことはいずれも当事者間に争いがない。
原告は、右金四五、〇〇〇、〇〇〇円は借受金であり、右の本件建物および本件動産の譲渡は、右の借受金債務を目的としてなした準消費貸借上の債務担保のためになされたと主張し、これに一部副う証人布施正一、同里口義人、同川名哲郎の各証言が存するけれども、右はいずれも成立に争いのない甲第四号、乙第一号証、乙第三、四号証(本件建物および本件動産の譲渡契約書である乙第三号証、金四五、〇〇〇、〇〇〇円の領収証である乙第四号証には、いずれも金四五、〇〇〇、〇〇〇円は本件建物および本件動産の譲渡の代金として支払われる旨の記載があり、何ら譲渡担保に関する記載が存しない)証人山岩三郎、同芦川貞雄の各証言と対比し、たやすく信用し難くく、他に原告のこの点の主張事実を認めしめるに足る適確な証拠は存しない。
もつとも、原告が本件建物につき、昭和三五年一一月一九日被告のため債権極度額四五、〇〇〇、〇〇〇円の担保のため根抵当権を設定した旨の登記がなされていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証(本件建物の登記簿謄本)によれば、右は同日原被告間になされた手形取引契約、継続的金銭消費貸借契約に基く根抵当権設定契約が登記原因とされていることが認められるけれども、右は前出乙第三号証および証人芦川貞雄の証言により認められる、当時本件建物の権利証が原告の手許には存せず、原告の根抵当権者の株式会社富士銀行の手許に存し、書類整備の関係上、被告への所有権移転登記手続は稍遅れて同月二五日頃まではできない見通しであつたので、被告の権利を所有権移転登記が完了するまで確保するため、仮装的に前示のような消費貸借および根抵当権設定契約を締結して前示のような根抵当権設定登記をするに至つた事実に徴するときは、原告主張の譲渡担保契約を認める根拠となし難い。
つぎに本件建物および本件動産の当時の価額については、これを客観的に正確に認定すべき証拠が存しないので、これが前示代金額をはるかにこえるとの原告主張も、これを認めるに由なく、この点から譲渡担保契約の成立を推認することもできない。
以上要するに、原告主張の譲渡担保契約はこれを認め難いので、右契約の存することを前提とする原告の被告に対する本件建物についての所有権移転登記手続の請求ならびに本件建物および本件動産の引渡の請求は、他の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。
二、本件建物につき、原告主張の根抵当権設定登記がなされていることは、前認定のとおりであるところ、右登記に相応する有効な根抵当権を被告が有していないことは被告の自認するところである。しかし前認定のとおり、本件建物は原告から被告へ譲渡されたことにより、その所有権は被告に移転したものと認むべく、しかも昭和三五年一二月一日原告から被告への所有権移転登記手続がなされたことも前認定のとおりであるから、原告としては、もはや被告に対し右根抵当権設定登記の抹消登記請求権を有しないと認むべく、従つて被告に対し右根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める原告の請求も理由がない。
三、つぎに原告の予備的請求について判断する。
原告の主張は、要するに、原告から被告への本件建物の譲渡は独禁法第一六条第二号に違反し、無効である、というに帰する。しかし本件において原告は、違法行為を根拠とする請求に対して、その無効を理由に履行を拒むのではなくして、被告との本件建物の譲渡契約を一旦有効と認めて、既にその履行を終つているのである。このような場合法は、特に法目的達成のための専門的機関である公正取引委員会をして、果して当該行為が独禁法に違反するか否かを判定させるとともに、委員会が当該行為が法に違反していると認めるときは、その違法状態を排除するため、法の目的に照し必要と認める措置を命ずべきことを規定している。これは当該行為が法律違反であるから直ちに無効であるとして、その効果を全面的に否定することはその及ぼすべき影響が過大であることを慮り、当該行為による法律的効果の発生を一応認めることを前提とした上で、公正取引委員会がこれに対処して、弾力的に事態の具体的、妥当な収拾を計ることを期待しているものであつて、当該違法行為の当事者が、その独禁法違反による無効を主張して、既にした履行々為の原状回復をはかることは認めない趣旨であると解することができる。そうとすると原告の予備的請求は、主張自体失当ということになる。
四、以上本訴請求はすべて理由がないので、いずれも棄却すべく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉岡進)